ヤマハのオフロードモデルの歴史は、1968年に発売したDT-1からスタートしました。そのDT-1が木の幹となり、最先端の枝葉としてトライアルモデルのTYやモトクロッサーのYZが生まれたのです。しかしその幹となったDT-1は、“戦う”モードではなく、いわゆる気軽に乗れる多目的バイクだった。セローは、その幹の部分を引き継ぐバイクなんだと、そういう気概を持って開発しました。
このセローがデビューする直前に発売されたXT250Tはインパクトがありました。“戦うオフ車”ブームの真っ只中にあり、アルミリヤアームやDOHCエンジン、それにマグネシウム製のカバーを採用するなど、いま考えてもかなり豪華はーいな装備が与えられていたのです。
それに比べてセローは、スチール製リヤアームにオーソドックスなSOHCエンジン。ディテールには、全てにおいて理由があるのですが、仕様書だけ見ると“華”がない。ですからセローを開発するにあたって、社内の理解を得るためにいろいろ説得して回ったのですが、関係部署の理解はなかなか得られませんでした。
そこでセローのコンセプトを体験し、理解できる場所にみんなをお連れしました。その場所というのは、トライアルの覚えがない人には難しいような沢の中。もちろんそこには、セローのプロトタイプやXT250T、トライアルモデルのTYなんかも持ち込みました。そうすると、シート高の高いXT250Tには誰も乗らない。足が着かないから、すぐに転んでしまう。ところがセローのプロトタイプは両足がベッタリ着き安心だし、スタックしても押し上げられるということで順番待ち状態。そこでの体験によって、やっとセローが目指す「世界観」を理解していただくことができました。
同時に、セローに与えたディテールの持つ意味も分かってもらうことができました。なぜサスペンションストロークが短いのか。モトクロスのように大きくジャンプをするわけじゃないし、難所で両足をつきながら走るにはこれくらいのシート高が良いとか、なぜスーパーローギアが必要なのか、とか。
両足を着きながらでも“もう一歩、山奥へ”という世界の楽しさは、実際に体験してもらわないと分からないと思っていましたから。
ただし、山の中で辛い思いをしただけではこの世界のファンになってもらえない。そこでゴールを山の頂上に設定し、最高の景色とコーヒーを用意していました。すると“これは楽しい! 気持ちいい!”となったのです。競わないオフロードライディングの楽しさを解ってもらえた。そうやってセローに関わるみんなのベクトルを合わせていったのです。
「セロー・パーティー」と名付けられたこのイベントは、その後、他の開発スタッフや販売店、メディアや一般ユーザーをも巻き込み、全国各地で行われるようになりました。そして、時の流れとともにセローは熟成を繰り返し、両足を着きながら安全に山奥深く分け入る“二輪二足”という楽しみ方が広く浸透していったのです。






